※この日記にはグロテスクな表現が含まれますので、苦手な方はご遠慮下さい。



ヒンドゥー教の聖地、インド-バラナシ。
ヒンドゥー教では、寿命を全うした後にバラナシを流れるガンジス川に遺灰を流されたものは輪廻から解脱できるという教えがあります。
そのため、自分の死を悟った人間がバラナシで死ぬことを望んで、インド各地から訪れるのです。
バラナシ3泊目の夕方、いつものように川辺に船を浮かべる船頭にガンジス川遊覧を頼んだのでした。
昨日と同じように船でゆらゆらとバラナシのガート(沐浴所-聖なるガンジス川で体を清める石段)を眺めて廻った後、おもむろに船頭が「まにかるにかいったか?」と聞いたのでした。
ん?「まにかるにか?」呪文?
「なんだそれ?」
「シタイ、シタイ。」
ああ、例の場所ね。
まだ見てなかったから行くことにしました。
その「マニカルニカガート」は遺体をガンジス川に送り出す場所で、いわゆる死体焼き場としてもっとも有名な場所です。
その場所に近づくと、シナモン、スターアニス、サンダルウッドのような、なんだか甘ったるい香りの空気が漂っていました。
周りには人だかりと山のように積み上げられた薪、そして重い空気でいっぱいでした。
しばらく見ていると、金色の布に包まれた何かが数人の男に運ばれてきました。
それはキャンプファイヤーのように詰まれた薪の上に置かれ、火をつけられました。
火葬が始まったのです。
船から降り石段に座って30分くらい眺めていると、その塊はなんだか動いているように見えました。
まさか、まだ生きていたんじゃ!と一瞬考えましたが、それは火であぶられた死体の筋が萎縮して動くのだということでした。
その後も目を話すことが出来ずに見続け、体から体液が沸騰し、湯気が沸き立ち、徐々に人間の面影を失っていく死体を見続けたのでした。
燃え盛る火にあぶられてうごめく死体、そして崩れていく元人間、遺灰を流した30メートル先で体に水をかけ流し沐浴をする老婆、となりで歯を磨く子供、その横には牛が寝そべり糞をし、犬がじゃれあう。
そんな場面に出会ったときに目にする自分。
その発見こそが私にとっての旅なのでした。